心境の変化で、旧ブログのように頭の中のことを書いていこうかなと思いました。

私は日本語の選定が変なのか、ちゃんと伝えようとするとゴチャゴチャしてしまって逆に分からなくなるという問題がありました。それで、ここ一年ほど自由詩という形で好き勝手に書いてみたら、伝わらなくてもいいんだという気持ちになって、自分の中のものを表していけばいいのかなと思ったのです。…なので、ちゃんと伝えようとするこだわりをなくしてみようという取り組みです。

ゆっくり、つらつらと何か書いていきます。

ずっと「嫌われる」と思って生きてきた

私はずっと「自分は嫌われる」と思っていました。原因は、子どものころに友だちを助けられなかったことがあって、そのとき友だちと疎遠になってしまって、そこから自分を責めていたんです。

だから、何かあっても「自分の所為だ」というのがクセになっていました。

「嫌われる」と思っていたから嫌われるということもあるのですが、子どものころの原因なんて忘れていたので、何か問題があったときに自分の何が悪いんだろうと悪いところを探して改善に取り組んでいたのです。

その過程で、嫌われると思っていた原因やトラウマなどを見つけました。

「自分が悪い」となってしまうクセは強力でなかなか直らないのですが、対人関係やパートナーシップでは、問題の原因として 5 対 5 の比率を考えるといいそうです。(私はいつも自分が悪い比率が10割になっていましたw)

対人関係の問題の原因は 5対5 について

対人関係の問題の原因は 5対5 である、というとパワハラやいじめはどうなるんだ?という問題がでてきますよね。

私はそれは「不法行為」という分類だと思うんです。まともな対人関係を作ろうという意図がないからです。ただ、いじめる側もエネルギーを搾取されていて他から欲しいためにそのような行為になってしまうらしいです。搾取というのは、自分が理解されていないとか抑えつけられているとか、何かしら健全でない状態のことです。

私は何か悪いことをしているだろうか?と気づいたw

今回、少しやり取りしようと思った方とスムーズに行かなくて、そのときも「私が悪かったのでは…」と思いました。ただ、そのときに「いや、そんなに悪いか?」って、ふと思ったんです。

いままでも、私は人を傷つけようとか意地悪しようとか意図したことはないですし、仲良くしたいと思ってしつこくして嫌われたなら反省もします。つまり、自分で思っているほど、極悪非道なことはしていないんじゃないか…よって、「嫌われる」というのは思い込みだったのではないかと気づいたのです。

長年のクセで、「いやいや、そうは言っても私は極悪非道」とまた戻りそうですし、「嫌われる」が思い込みだったのだとするのは、やはり180度の転換なので怖いです。

心の窓を磨け

Best keep yourself clean and bright; you are the window through which you see the world. (いつも自分をきれいに明るく磨いておくように。 あなたは自分という窓を通して世界を見るのだから)

by George Bernard Shaw

ジョージ・バーナード・ショーの「自分という窓を通して世界を見る」という言葉が好きで、脳科学などで自分に必要な情報だけを選別するフィルターのRAS機能と同じだと思っています。

私は対人恐怖症も酷かったのですが、そちらも徐々に改善していて、やっと「世界は優しい」って信じることができそうなのです。

これは、無邪気に「みんな優しい♡」と信じるのとは少し違って、自分軸を確立する意味もあるんです。

つまり、私の世界で「私の良さを分かってくれる人がいる」って信じようということで、分かってもらえないならいいや、みたいなクールな感覚になっています。

もちろん、人を大切にしますし、相手の事情とかも何かあるのだなと思って関わっていきたいと思っています(いままで私もかなりコミュニケーションが下手だったので人のこととやかく言えない)。

私みたいな内向的なのは、もう少し要望を伝えたほうがいいらしいですが、それは今後の課題ということで!次回、サービスサービス♪(…うむー?でも、書き物は詩作のほうが好きかもしれないですw、ちょっと何言いたかったのか分からない文章になった気がする…)


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